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「香・大賞」へ応募したこと
2014年10月19日(日)
 きっかけとは、もしかしたら、この世でいちばん小さいものかも。
 何もない場所で目には見えない一粒が生まれ、やがて人の心を動かすようになる。

 貸し出し期間である二週間にいちど、家族で市立図書館を訪れます。
 その図書館のエントランスホールには、いろいろな催事のチラシが置いてあるのですが、先日、その中でもっとも地味だと思われるのに、かえって目を引くものがありました。
 第30回「香・大賞」エッセイ作品募集、と書かれたA4サイズの厚紙でした。香りをテーマにした800字のエッセイを募集するという内容で、京都のお香の会社が主催しているものです。
 ふだんは、これらのものは、見落としたり、手にとってもすぐに棚に戻したりするのですが、今回は、ちょっと応募してみようかという気がしてきました。それは、哲学者の鷲田清一さんという方が審査員として加わっていたからです。といってもよく知っている方ではなく、ときどき中日新聞のコラムで拝見するくらいです。でもこの方の文章は好きですね。

 二年前の一月の中日新聞に、「ケアを開く」というタイトルのコラムが載っていて、興味深く読んだ覚えがあります。あの三陸沖の地震のときの町のようすを、知人の方の証言をもとに書かれたものですが、テーマは津波ではなく、地震がもたらした人間関係についてです。
 それによると、強い地震により、階層や会社や立場など、それまで人びとの行動を細かく制約していた有形無形の壁が解除され、街角に満ちた人びとの間で、それまで見ることのなかったコンタクトが生じていた。まるで社会的な差異を溶かされたような、いわば、「まちが突然、開いた」状態だった。そして開いたまちは、時間とともに、ふたたび閉じていったのだというのです。まるでひとつの巨大な有機体のように、外からの巨大な力でまち全体が変容を見せる。今回は地震という不幸がきっかけとなったわけですが、人間という生物が潜在的に持つ柔軟性・可塑性を垣間見たような、ひとの世が、ある意味で、液体となりうる可能性を示唆するような、そんな内容でした。

 知っているのはそれだけです。そのころ、三重県立図書館で対談フォーラムをされていたらしいのですが、他の多くのイベントと同様、知らぬ存ぜぬでおりました。

 審査員の目に触れるのは、最終選考に残った数編でしょう。でも、それでもいいのです。残るために必要なものは、確率では決まらないからです。
 応募することで、哲学者の目に触れ、賞を勝ち取ることを夢みて、自分は努力ができた。働きかけができた。800字が、原稿用紙の升目を抜け出て、人の心に届くことを思い浮かべながら。

 どんなに小さくても、そのきっかけを得たことは、幸運だったのでは、と思います。


Update:2014-10-20 Mon 08:56:58 ページトップへ
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