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自家製トピック
ランダムウォークは世界地図をなぞる、のかも
( 近所はおろか世界も知らない )
2015年2月15日(日)
松阪市内の交差点で、車列の二台目で信号待ちをしていたときのことです。
目の前で交差する道路は、長い信号の間じゅう、一台の車も通りません。信号待ち疲れが現れたそのとき、カラコロカラコロと能天気な音があたりに響きました。閉め切った窓ごしに伝わってきます。

音のするほうを見ると、エナジードリンクの空き缶が、風の思うままに従って、あちこちへと転がっているのでした。誰かが道端に置いたか捨てたかした空き缶が、風に拾われて転がり始めたのでしょう。

道路というものは普通、真ん中が付近が小高くなっているので、ほどなくして道路の脇に収束しそうなものですが、この缶めは、すべて風のせいにでもするつもりなのか、漫画チックに甲高い音をたてながら、無人の交差点で傍若無人の振る舞いに終始しているのでした。

その姿は、独り舞台の役者が駆けずり回っているようでもあり、誰か拾ってくれろと子犬の引き取り手を探している風情もあり、あるいは、人の傲慢さのなれの果てのようでもあり、転がる空き缶ひとつをとっても、そのときどきの心の位置や体調によって、受ける印象が違うんだろうなと思いました。

あ、こっちへ来るかな? あ、やっぱり来た。来た来た。タイヤのすぐ前だ。このままでは、信号が変わって発信したら踏んでしまうかも。やっかいな。あ、やれ、向こうへ転がって行った。安心安心。でもそれはエゴ? 踏むのが嫌だから、みんなあっちへ行けと思っている。嫌だからあっちへ行け。昔、社会科の先生が、そんなのは地域エゴだと言って黒板を叩いていた。

誰か拾わないのか? じゃあ自分はそうしないのか。それはしない。思い切ってドアを開けて交差点に立ち、缶に手を伸べた矢先に逃げられてあちこちさまよい、で、結局つかまえられず、恥ずかしい思いをするだけで終わるという図が、瞬間的に生まれてくる。

しばらく音がやんでいる。いまやつはどこにいるのか? 自分の前か? 反対車線か? と思うまもなく再び三たび、カッカッカ、カカカカッカッカ……とどこからともなく音が始まる。動きも静止もランダムウォークであって、まったく予想が立たない。きょうこいつの描いた軌跡に何か意味があるのか。いや、何もない。昔の漢文の授業みたいだ。「どうして意味があるだろうか(いや、ない)」という反語文の訳には、「いや、ない」を付けないと不正解にされた。

また静かになった。どこだ、どこにいる。これを最初に踏むやつが、信号を待っているこの中から出る。そいつは負け組となるのだろうか。宝くじに当ったことがきっかけで、全財産を失う人。それはきっと他人。自分じゃない。何もしない者には、何も訪れない。

信号が青に変わった。
前の車に続いて、ゆっくりと発進させる。止まっているわけにはいかない。
だいじょうぶ、踏まなかったみたいだ。
自分はなんだか、勝った、おれは運がいい、と小さく思えた。

信号を待つ二分間ほどの間に、自分は昔のいろんなことを思い出した。
次は、未来のことを考えようと思った。


Update:2015-02-15 Sun 11:48:27 ページトップへ
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