三十七年の居眠り
2013年11月14日(木)
名前を呼ばれた気がしてまどろみから目覚めた。
通路の向かい側の扉に、おばはんの姿をとらえる。
呼んだのはこのひと?
足下のヒーターが暖かい。鈍行列車の中は、人がてんでばらばらで、みんなしおれている。
そのうちあることに気付いた。
ただのおばはんじゃない。中学生のときから想いを寄せていたHさんに似ている。Hさんかも。こうして扉の右側に立つ仕草が昔と瓜二つだ。いつも僕の後ろの風景を目で追っていたね。
僕も同じだったと言うかもしれないけど、あのとき僕は全身で、きみと僕の間の風景を見ていたんだ。
──……くん。
また名前を呼ばれた。
おばはんの視線は動かない。
返事をしたい。返事しなきゃ。
──ひ……。
何も出ない。またそうなのか。意気地なしの無声音。あの日と同じ。ただのひとことも。またそうなのか。
胸を焼くような猛烈な後悔がよみがえる。もうあの日ではない。今度こそ絶対に。絶対に。
青白く遠い声がほとばしる。
次の瞬間おばはんは消え、僕は見て見ぬふりする乗客に囲まれていた。
Update:2013-11-15 Fri 13:58:55