Twitter に書いたのと、ほぼ同じことが出ています。
泥縄とは、事が起こってからあわてて対策を立てるの意らしい。自分はいままで、泥棒のなった縄でその泥棒当人を捕らえる愚のことだと思っていた。鰹節の見張り役に猫を採用するみたいに。いくら誠実に仕事を遂行するという言質を取っても詮無いことという戒めかと。むしろこちらのほうが実害が大きい。
MeeToo が広がりをみせないのは、追随者が現れないという不安が躊躇させるから。建前はどうあれ、日本では少数であることは原則いけないことなのだ。被害者だと表明すれば攻撃されることはどこでも同じ。ただ被害が一定数を越えれば権威となり相は反転を始める。不幸の数を恃むしかないという不幸。
ジャーナリズムの正念場。いまどきの鴨が背負っているのは毒ネギかも。うかつに鍋にできない。火事見舞いのようによちよち歩くそいつが自爆鴨かどうかの見極めを。きょう、本に付録の吉本隆明の講演CDを聞いた。対峙するふたつの概念がよく出る。ではあるが編集の糸井重里さん、ちょっと気が短かすぎ。
吉本隆明『真贋』。泰斗への接近は老境に達したものからという、自分で作った格言に従い、傘寿を過ぎて上梓された吉本入門編のような本書を片手に氏を見上げる。いい小説の条件は、読者に自分にしか理解できないと思わせること、との件に共感。同趣旨は写真家の荒木経惟がもっと端的に述べてはいたが。
町田康『夫婦茶碗』読了。この前後の作品がいい。作家による芥川賞受賞作『きれぎれ』よりも数段上だと思う。『夫婦茶碗』はその数年前の作だけに、いわば代表選手選考会に持ち込まれた昔の大記録との扱いとなったか。感動した自分はしかるのち、似せたコンセプトの小説を書こうと考えた。考えている。
記紀すなわち日本書紀や古事記は嘘だらけ。まだら嘘が霜降りのように練り込まれている。同様に公務員も嘘を言うので、真相を知るにはパズルを解く才覚が必要になるが、嘘が混じっているという事実は解明のヒントにはなる。「つじつまが合う」とか「手がかりが得られた」とか、遺跡の発掘現場のようだ。
ほかの地域のことはともかく。ご当地における開業医の程度の低さには辟易する。人間が使うまともな口が利けないとみた。日本語を知らないのか。よって診断が意味不明。一方で薬剤師の意見はこき下ろす。こんな方たちを前に胸襟を開く気など起こらない。かしこい医者もいるに違いない。違いなかろうに。
スピードは阿呆の素。 歩行者と自動車の接触事故は、すわなち両者の距離が零になることをもって成立するため、それを避けるためには時間よりも空間が重大な意味をもつのだが、ドライバーの側は単位長あたりの処理能力が極めて低いため猪突猛進の連続業。そりゃ無能にしか見えない。よって題意の如し。
九日前の夏日を機に仕舞った炬燵布団を、きょう四月七日、そっと出す。用心して仮仕舞いにしておいたのがよかった。津の桜は、この寒さを知らずに散った。世の中には、戻せるものと戻せないものがある。人が見上げた花びらは、アスファルトと靴の間に消えてゆく。あす八日は花祭。別に何もしないけど。
土俵に上った救命女性に下りろとアナウンスしたことを紙面で問題提起か。しかし、「女人禁制は『伝統』だが『救命』など『重大』な局面においては例外とすべき」のように、両性間の差別の問題を、伝統と救命との優先順位の問題にすり替えているように見える。差別解消よりも『重大』が重大なのだろう。
大寒の夜を、二枚の毛布とヒーターでつつがなくやり過ごしてより、ひと半月、夏日が町にやってきた。おととい津で25.9度を記録し、お城の桜は満開。この日の滋賀の青土ダム周辺では、無垢な小さな蕾と大勢のお年寄りとうす気味の悪い社。明けて今朝、わが庭で椿が花を付けている。風の中、少し寒そう。
善人や悪人の話ではない。事故が起こってはじめて自分が何を為すべきだったのかに気づくという順番を、多くの人も知らずに腹に仕舞い込んでいるのだろう。自分はそうだった。それまで事故がなかったことを幸運などと名付けていた。運や不運は、都度、未来に向かっては意味を持たない。再現ができない。
道幅さえじゅうぶんにあれば、両端が切り立った崖でも一向にかまわない。月の夜に細い小径を酔って踏み外すよりも好みだ。自分はいま、病気がない人と同じ生活ができている。同じ生活とは、同じものを食い同じ酒を飲めるということではなく、得心のいくQOLということ。崖の位置と怖さは知っている。
高橋源一郎は泣いていた。きょうのラジオで、アーサー・ビナードの書いた「知らなかった、ぼくらの戦争」についてのコメントをしている最中に、涙声になったので驚いた。その頬も乾かぬうちに、関東地方の地震の速報が割って入り、終了。畏れながら、氏とは共通点がある。B型と大学除籍と東大不合格。
おとといまで知らなかった「歩きながら書かれた……」で思い出した。俺よ、ことしは「一年の初めに歩きながら一年の計を考えた」のだったろう。坩堝の底に残ったワードは「脱大衆」だったはず。時の後先があるので、ニーチェの言葉うんぬんで逃れることはできない。それがお前の本性。衒いのない本性。
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