Twitter に書いたのと、ほぼ同じことが出ています。
町田康と村田沙耶香が帯で賛辞。日上秀之『はんぷくするもの』読了。古木だけでなく、登場人物のほとんどが反復といえる行動をとっている。正邪、善悪のみならず、爪先の運不運まで自然の摂理に求める心が痛ましい。件の古木の台詞は生半可ではない。被災者にしか書けないと思わせる気味の悪さが漂う。
池澤夏樹『スティルライフ』読了。バブル期さなかの芥川賞受賞作。当時からあるたくさんの賛辞をかき分けて本体をねぶりつくそうとしたが、どうにも舌が届かなかったらしい。三十歳のころに読んだのなら、また違ったか。帯広出身で埼玉大学理工学部中退という、作者の微妙で中途半端な理系志向の印象。
新井満『尋ね人の時間』読了。氏の歌う「ワインカラーのときめき」をCMで聞いた。バブル期さなかの芥川賞受賞作。当時はこんな気障な物言いをする男もいたのだ。尋ね人というフレーズの意図するところがピンと来ない。同時収録の『水母』のほうがよかった。文字どおり実母の暗喩。双子の描写もいい。
忖度放送局は、ラジオでも言葉遣いが粗い。「原因」を「背景」と、「公になる」を「浮き彫りになる」と言い換え、「どんな……」という質問に「そうですね」と応じさせる。「釈明を求めたい意向」という表現も多い。それを言うなら「釈明を求める意向」だろ。「明らかにしたい意図」などと言うのかい!
井原哲夫さんという経済学者が1986年に書いた『ネコ人間の時代』(毎日新聞社)。ひとを支配し管理するのに都合のいい犬型社会に代わり、自己決定を是とする猫型社会の出現を待つ。いま猫がブームという。ならば支配者層とその走狗が目論む惹句は自ずと知れる。猫は意外に忠誠心を持っている、と。
国民的ドラマの中では、名のある人物が上意に殉ずる姿が美しく描かれる。悲惨であれ愚かであれ、個を殺して全体に仕える光景が、恰好よく示されなければならない。それはこの国の支配者層が、それを国民の行動として求めているから。個個人が本来持つ自己決定を二心とし、その自覚を不忠としたいから。
オリオンの正体は知っている。変らないことをうれしく思えるもの。森羅万象、すべては転がり、発火し、消滅するのに、変らないなどと勘違いできる対象。四十五年前からのオリオン。北半球にさえいれば、いつ見ても凍っている。溶けずにいてほしい。溶けて手を差し伸べたそのとき、オリオンは消滅する。
日向初美。夢に出てきてくれたね。逆光の中を水着姿で立つ日向。プールに首だけで浮かぶぼくに向かって、まっすぐに飛び込んだ。きみとは結ばれなかったけど、きみと会えた幸運は、きみと会えない不運の数に比べたら奇跡だ。きみを組成した原子の集まりは、宇宙がなんど生まれ変わっても現れはしない。
なんでも知ってる文也(仮名)君が死んだ。やつの口から聞きたいことがあったのだが手遅れだ。あの七月半ば、お前の命はあと半年だなどと、だれに言えようか。葬式になど出ない。冥福など祈らない。係累は姉だけ。逆縁でないのが救い。やつは死んでなどない。何も答えてくれない頑迷な男になっただけ。
★劇場/川沿いの小径の脇に湧き出る硬貨を拾っていると不良少年らに囲まれ凄まれた。意趣返しにと殴る場所を探してほうぼう連れ回して歩くうち、少年のひとりに親しみの感情を抱くようになる。あるドアを開けた室内で色糸を目撃、これは夢の中の出来事であると悟る。少年との別れを惜しみ泣いていた。
散歩の途中、雪雲の切れ間から凍ったオリオンを見上げる。中学生のころ、ある天文雑誌に掲載された星座に関する思い出話の中に「あれから30年。オリオンは何も変わらない」と結ぶくだりがあり、15歳の自分は、その30年という時間に思いを馳せていた。あれから45年。オリオンは何も変わらない。
札幌の爆発事故では、消防や周辺住人への取材でガスの臭いがしたとの報道があった。のちに消臭ガスの爆発だったとされた。消臭ガスの爆発でガス臭? 爆発の勢いでガス管が破裂したのか、それとも、取材する側とされる側が共同で盛り上げた幻影なのか。「消臭ガス」は「ガス臭」の証言をも消したのか。
1980年春入学のM大学医学部には三十歳の新入生がいた。教壇から見渡して「去年は僕より年上の人がいたんだけど、今年はどうかな」などと言った先生もいた。二十五年後の北関東の国立大学入試よりだいぶまし。毎日新聞:「群馬大医学部不合格は55歳の年齢」横浜68歳女性、公明正大な入試訴え。
聞き流すだけのありふれた言葉のうちに、素直に飲み込めないものがある。ときどき姪らと連れ立って夜のお散歩をするのだが、歩きながらなにかの拍子に、姪めが「自分以外は悪人」と口にしたのを聞いた。──自分以外は悪人だから。そこらで聞く言葉ではない。聞き流せない。人の集団からは聞こえない。
聞き流すだけのありふれた言葉の合間に、心に留まる逸品と出会うことがある。ラジオのリスナーからのお便りの中に「干し柿が乾きません」というフレーズがあった。干し柿が楽しみな季節なんだろう。ぐずついた天気が続いているんだろう。身の回りの極小のユーモラスな嘆きが、それら慣用句を破壊する。
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