Twitter に書いたのと、ほぼ同じことが出ています。
★若い女性歌手が、わずかに首を右に傾け、ギターをかき鳴らして歌いながら、正面から近づいてくる。半歩下がった左右には大勢の若い男性の踊り子が広がり、白目を剥いたような薄ら笑みを浮かべて従っている。ときにくるりと回りながら。──地震に負けるな。コロナに打ち勝とう。そんな歌詞の白昼夢。
父は生後半年で父親を失い、28年間、母子家庭で過ごした。肺結核の夫を見送った三十路前の無学の女(わたしの祖母)のまわりには、あらゆる有象無象が降りかかっただろう。祖母は後家を通し、家屋敷を守り、家族が5人に増えた28年後に鬼籍に入った。33年後のいま、息子が遠い背中を追っている。
いかに綺麗事を並べようが、日本の伝統的な考え方として、子をもうけるのは「家」や「家長」であって「女」ではなかった。だから「女」が出産した子は婚外子として差別されてきたし、母子家庭そのものが、低い水準に置かれて当然という空気があった。「仕方がない」が「当然」の裾野を広げてきたのだ。
対向車はグーグルカーだった。自宅近くの路地の脇で、わたしのアイを待っていてくれた。すれ違う際に、自然に合図の右手が挙がったのが写ったかもしれない。グーグルカーが自宅の前を通るのは九年ぶり。屋根に地球儀みたいなのを載せた緑の軽自動車。世界のひとかけらを世界中に届ける人は女性だった。
最近、ヤングケアラーという語を聞く。若くして(おもに家族の)介護をする人、という意味らしい。それなら「若年介護者」でしょう。あるいは「若年介護人」とすれば、介護される側との混同はない。本邦では「人」と「者」では意義が異なる。家庭内暴力がDVとなったように、いずれYCとでもなるか。
雑草という草はない。みんな名前がついている──。昭和61年3月20日三版発行「特装版人生読本名まえ」に収録の梅本克己/1978年2月三一書房刊(『梅本克己著作集第九巻』所蔵)から。1974年1月没の哲学者は「私は草を知った。草の数は実に多い。しかし雑草はないのである。」と続けた。
★となりに座る男が目の前の日向に言い寄っている。自分と真反対のタイプで、夜の街で、ゴルフ場で、定食屋で、エレベーターの前で、もてる中年男に違いなかった。開き直るように妻子のあることを謳い、なおも日向の歓心を買おうとしている魂胆が憎らしい。いまこそ自分は、日向に想いを伝えたかった。
N協会ラジオはよく聞く。外部から招かれたゲストが話す場面では、伸びきった語尾が耳につく。「……がぁ」「……にぃ」「……でぇ」「……のぉ」など、毎度しつこい。とくに教授や団体代表である女性に多い。広い講堂で話すときのくせなのか、強調しなければ聞いてもらえなかった歴史の残り滓なのか。
古今東西、支配者はスポーツを礼賛する。スポーツは、人体に依存した特異で緻密なルールと、それに盲従する強靭な精神と肉体を、対戦という外形で顕すことで大衆を感動させてきた。大衆は自分以外の誰かが定義した敵の存在を見つめる。非日常的な制約は、参加者を痛めつけ、励まし、ときに楽しませる
物心ついたときから自由だった両手の使用を禁じられ、球の運搬のさいには子どもの時分以来やったことのないマリツキを強いられ、球のやり取りでは往来に立ちはだかる網のせいで引っ掛けた者が残念がる。危機を克服するために思いつく手法はたいていの場合、はじめに教えられた規範によって排除される。
のどかにな草原にも仕掛けがあり、多数の穴が空けてある。先の曲がった棒を各自持ち寄り、各々の球を叩き飛ばす。じつは連中、穴の位置を知っていて、球が穴に落ちることは、危難ではなく成果ないし僥倖であると評価される。参加者の表情は終始おだやかで、あとの楽しみを夢想しているかのようである。
味方同士を自認する9名が扇状に散り、扇の軸に位置するAの方を向く。Aとその最寄りのBは球を投げ合いをする。9名と敵対するPはAとBの間に立ってBを横目で注視、Bの投げた球を所定の棒を振って叩き返し、Aに届くのを阻止しようとする。棒が球に当たって阻止が成功するとPは直ちに走り出す。
コートの両端に高く設えられた網状の袋に球を入れることがあるが、底には穴が開いているので抜け落ちてしまう。そのたびに半数の者が歓喜するのは、相手側の考えなしの行動を揶揄する行為かと思われる。ほぼ全員が球のうばい合いをしているので、球を袋に入れたいのか、そうでないのかが判然としない。
二者が高台に設えられた白いコートの上で殴り合いをする。もっとも、殴打する拳にスポンジ状のものを装着し、かつ頭部に被り物をしているため、殴り合いの効果が薄まっているようだ。見物人のうち、ひとりだけがコートに上がり、両者を鼓舞している。彼の仲介で、殴り合いのあとの仲直りは比較的早い。
数名ずつがコートの中央で仕切られた同じ面積を占有し、互いに仕切りを越えることはできない。両数名は、協力してひとつの球の送受を繰り返すが、互いに友好的な関係には見えない。ときに、ひとりまたはふたりが同時に垂直に飛び上がり、球を手で弾いて送るが、これは緊急性を強調した表現と思われる。
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