自家製トピック
自家製トピックタイトル
ヴェルタースオリジナル
( 自作掌編 )
2013年6月15日(土)
 えー、あ三十分前ですね。
 それでは、あのう。はい、課題を集めますんで。いちばん後ろの席の方、前まで集めて来てください、よいしょっと。
 どうでしたか。百文字以内といっても、名言というのは、いざ作るとなるとけっこう骨が折れるでしょう。さ、もうタイムアップですよ。急いでください。
 えー、それでですね。課題の読み上げの前に、ちょっとお時間をいただきますね。
 その前にと。えーと。いちばん前のあなた、はいあなたです、お名前は。え、ああ、はい? アクタガワさん? てあの芥川さん? てか、あの、というのはおかしいですよね。まあいや、アクタガワさん。
 では、アクタガワさん、聞いてください。

 『ヴェルタースオリジナル』というキャンディーのCMがありますね。
 何年か前のCMですが、覚えてらっしゃいますか? 覚えてますね。
 椅子に腰掛けた白いひげのおじいさんが、子どものころにもらったという飴の思い出を語り出します。
 おじいさんが四歳のころの回想シーンですな。かわいい男の子が飴をほおばってうれしそうです。
 話のおわりごろに、「いまではわたしがおじいさん」という台詞が出てきます。
 これ、いいですねえ。今では私がおじいさん。
 「あれから何年たったでしょうか」とか、「忘れられない思い出です」などとはせずに、あくまで『おじいさんと孫』という構図だけを保持して放さないんですね。
 わたしはこの台詞を聞いたとき、しびれました。強い印象を得たのです。
 そして確信しました。
 言葉は、使い方次第で恐るべきパワーを持ちうるのだと。
 いまではわたしが名言の先生。
 アクタガワさんに教えるのは、もちろんこの言葉です。
 なぜなら、アクタガワさんもまた、特別な存在だからです。──て、どうしましたアクタガワさん、笑うところじゃありませんよ。
 言葉は、鈍物にも穎才にも公平に与えられています。言葉を磨き、削り、いきいきと働くように処方できるかどうかは、アクタガワさん、あなた次第なのですよ。
 名言を考えるさいには、ぜひ参考にしていただきたいと思います。

 はい、アクタガワさん、開放です。お疲れ様でした。
 みなさん。わたしはいま、アクタガワさんだけに向かってお話しました。いまみたいに、みなさん……と話しかけたわけではありません。
 しかし、どうでしたか。
 みなさんは、「アクタガワさんにだけ話しかけているんだから、俺たちあたしたちには関係ないわ」と思われたでしょうか。
 きっとそうじゃないですね。
 「みなさん聞いてください」と話しかけられたときより、なんだなんだと聞き耳を立てたんじゃありませんか。
 おそらくそうだろうと思います。
 言葉は、不特定多数を相手に放散するよりも、特定のひとりに命中したものの方が、はたで聞いていても凄味が出て記憶に残りやすいのです。

 ひとつ例をあげましょう。
 たとえば、激辛カレー店……ってあるのかどうか知りませんが、とにかく、辛いカレーを売りにしているお店があったとします。辛いもの好きのメッカですね。
 このとき、店のポップの──ポップというのは、購入を促すための小さな立て札みたいなものですね──文言の候補として、次のふたつを考えたとします。主旨は同じものです。

 (1)新作超弩級激辛カレー。辛いもの好きの挑戦を受けて立つ!
 (2)激辛王新井和響氏よ。このジャワカレー#8を食ってみろ!

 これはたとえばの話ですよ。でも多数を相手にした(1)より、いち個人を相手にした(2)の方が迫力が出てるでしょう。(2)を読んだとき、多くの人が、「おれは新井和響じゃないからどうでもいいよ」なんて思ったでしょうか。思わないんです。むしろ辛いもの食いの人なら、「よしいっちょう、俺も試してみようか」となるんですね。
 (1)の場合よりも言葉が磨かれていて、針で刺すような具体性があるからです。
 先ほどの『ヴェルタースオリジナル』の話でも、なぜ「あるお菓子のCMで……」と切り出さずに、固有名詞からはじめたのか、もうお分かりですね。
 言葉は磨けば、なんぼうでも光ります。研いで研いで研ぎ澄ませば、どんな切れ味でも見せます。なまくらのままなら、相手の心臓に届くどころか、上着も貫通せずに目の前でゴミのように落ちるでしょう。
 感動させられなかった言葉は、それこそゴミにしかならないのです。
 逆に、感動させた言葉は、相手の心に根を下ろして……そのあとは、相手次第です。

 はい、ではいよいよ、みなさんの力作を読み上げます。
 どんな感動が、この教室に現れるんでしょうか、楽しみです。
 えーと、まずはこれです。





Update:2013-06-15 Sat 08:49:25 ページトップへ
ホームページ制作イルネージュ

Tweeter

自家製トピック
  • ことばのちから (18)
    • ミステリーの推敲のしかたも書いてほしい
    • ないほうがいいのは、木じゃなくて囲いのほうだろう
    • 外から眺めているだけだったボケての国へ
    • 誤解の解けない、『誤解された初恋』
    • 言葉に慊りないひとが、でたらめをよりマシと思う瞬間
    • 辞書を引くたびに面倒くさいやつ、俺
    • 言葉の阿修羅 bokete.jp を再び遊覧す
    • 超高齢者が口を揃えて言った「やり残したこと」
    • 「台風の上陸」という合言葉
    • 現実ならばこそ、これほどのものが入り込む
    • とまり、きき、みて、とおれ
    • 判決は想定内でおk
    • すべての台風は北極をめざす
    • 画像検索 ~ グー様に「柔らかい時計」と認められたい
    • 画像検索とCAPTCHA(キャプチャ/画像認証)
    • 言葉を喰らう言葉 ~ パロディー
    • 画像を喰らう言葉 ~ bokete.jp
    • 画像に支配される言葉
  • 自作掌編 (9)
    • 糖尿病
    • T氏への手紙。モザンビークの学生が見たもの
    • 三十七年の居眠り
    • チーズを入れるひと
    • 自殺の理由
    • ペンで作った死者に指を差される
    • ありもしない話に腹を立てている
    • ヴェルタースオリジナル
    • 無言でいいんだ青春は
  • 近所はおろか世界も知らない (22)
    • お伊勢さん菓子博2017
    • スーパーでただで買えたもの
    • 2016年8月出来事ですらなし
    • いまかわせみが飛びました
    • パラドクス・パラドクス
    • 極楽湯の男湯にいた三人の女の子がもたらした夢だと妻は言う
    • 夢の中の自分に腰を抜かしている
    • ランダムウォークは世界地図をなぞる、のかも
    • 一秒で足が地に着かなくなるわたし
    • 所属という仮想体験
    • 不磨の大典は寝小便に通ず
    • 「見た目が9割」のもの
    • 「香・大賞」へ応募したこと
    • ベネッセから三度目のお手紙
    • A Real Me! へっ、気持ちの悪い。でもちょっと……
    • 六月生まれの父、九月に飛び立った蛾
    • 頭の中はエロでぎゅうぎゅう!
    • ベネッセから速達が届いた
    • 清掃入門
    • グーグルの車載カメラで見たもの
    • 一志の里でウッキッキー
    • あの安濃ダム(錫杖湖)がえらいことに
@nakagawakyoujin