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トップバリュのお茶パック(60枚入り128円)に、ひとり分の荒挽きコーヒーを入れて封をし、95度のお湯一合半を注いだマグカップに浸して60を数えると、あら不思議。けっこうなレギュラーコーヒーの出来上がり。お手軽で洗い物いらず。いままでドリップ方式にこだわっていたのは何だったのか。
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あるテレビ番組で、高齢者は高い周波数の音を聞き取れなくなるという実演をやっていた。で、自分の成績は悪かった。自分の考え方や能力は、十二歳から基本的に変っていないつもりだったが、この、聞こえる・聞こえないという二値によって、若い世代との間に巨大な懸隔が横たわっていることを実感した。
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Tへ。このごろは、自転車に乗って、近所からすこし遠い所まで走っている。もしも道で出会ったら、ちいさくあいさつをくれ。じつはこのごろ、本を読まなくなったし、書かなくもなった。頭は冴えている、つもり。雲を見ても風に吹かれても、感じるところはある。自転車は赤くて小さい。目印にしてくれ。
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うつる病気は、たまさか病原体を体内に取り込んでしまうことで発症する。それが菌であれウイルスであれ、モノには違いない。存在の有無が意味をもつ。しかしうつ病の病原体は違う。千年前に書かれた本の中にある箴言を見てかかる場合もある。それは文学に通じる。読書とは、病の罹患体験でもあるのだ。
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グーグルで検索しても、「月数連番」という語句も「日数連番」という語句も出なかった。よってこれらの語句は、自分が作り出したものであると宣言する。過去のある日ある月を起点(0)として、いまの月数や日数を整数で表すもので、だれでもやっている。それをどう呼んでいるかを自分が知らないだけ。
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うつ病は、言葉でも感染する。ゆえに電話で相談している相手をも罹らせてしまうことがある。自分はなったことはないが、この病は聞くだに恐ろしい。邦題「羊たちの沈黙」という映画で、囚人のレクターが隣りの房の囚人を言葉でいたぶって自殺に追い込むというシーンがあったが、あれもその手だったか。
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小川知子さんの昔の写真の髪型が川谷絵音さんと似ているのに気づく。お顔をじっと見ていると、エノンとベキの中間の顔のようでかわいい。さらにエノンの顔をじっと見ていると、若いころのはしだのりひこさんのようにも思われ、自分の時間考証とシミュラクラ現象が、いかにいい加減であるかを示して幕。
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きのうのこどもの日。津市内で80万食くらい食べられただろう。この量をひとりで腹に入れるとなると730年かかる。賞味期限がどうのどころの話ではない。自分は弁当箱の隅に追い詰められた紅生姜も丼の底に沈む胡麻粒も、残さず掬って食べる。80万倍の残飯を考えると怖いから。漬物は無理だけど。
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「ツイッターが、これまでの140文字から1万文字に字数制限を緩めることに、ユーザーが猛反発」というニュースはどうなった? 「twitter 1万文字」で検索しても、1月6日付けの記事ばかりだ。自由の拡大がこれほど非難されるとは驚き。でも自分は140でいい。強い縛りは素敵でもある。